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東京地方裁判所 昭和55年(行ウ)95号 判決 1982年10月15日

原告 福井雅子

被告 日本専売公社関東支社長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

被告が昭和五三年七月一七日付で原告に対してした製造たばこの小売人に指定しない旨の処分を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は昭和五三年四月五日、製造たばこ(以下「たばこ」という。)の小売人(以下「小売人」という。)指定申請(以下「本件申請」という。)を被告に対してしたところ、被告は同年七月一七日付で、標準距離不足、標準取扱高不足を理由に原告を小売人に指定しない旨の処分(以下「本件処分」という。)をした。

2  しかし、右の処分理由は何ら根拠のないもので、本件申請はたばこ専売法(以下「法」という。)三一条一項三号、四号に該当しないから、本件処分は違法な処分である。よつて、その取消を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1の事実は認め、同2は争う。

三  被告の主張

1  本件処分は、本件申請が法三一条一項三号、四号に該当するため、原告を小売人に指定しなかつたものであり、適法である。

2  法二条、三条、二九条は、たばこの販売等の事業を国家独占事業として専売制を採用し、右事業に関する権能を日本専売公社(以下「公社」という。)に行わせることとしている。従つて、公社のする小売人の指定は、本来国家において独占し、国民が行い得ないたばこ販売を特に特定の場合に国民に行わせるもので、特定人にたばこ販売の権利もしくは資格を新たに設定付与する性質の行為(いわゆる形成的行為である特許)である。このように、小売人の指定が、国家の独占事業に淵源する設権行為であり、しかも、専売制の採用された目的が、国の財政上の見地から必要な収入を確保するとともに、すべての公衆にいかなる土地においても同一品質、同一価格のたばこを販売し、均等にたばこを供給することにあるのであるから、この目的を達するため、小売人の指定に当たつては、その数及び配置について専売品の定価維持、品質保持上の要請及び流通コストの低減等を考慮し、かつ消費者の利便性への配慮を行い、小売人に対する指導援助の徹底を期する等により、専売事業の効率的・経済的運営を図るという企業政策的或いは専門技術的な見地に立つた考慮に基づいてされることを要するのである。

それゆえ法三一条一項は、公社による小売人の指定について、その適用に幅があり、公社によつて補充を要する抽象的な規定を設けているのであつて、各号の具体的適用、すなわち、三号にあつては、営業所をいかなる配置基準をもつてすることがたばこに対する需要量からみて適正かつ合理的であるのか、そしてこの適正かつ合理的な営業所の配置をいかにして行うか、また、四号にあつては、営業所のたばこの標準取扱高をいかなる基準でいくらと定めるのが当該地域の環境特性及びたばこに対する需要量からみて適正かつ合理的であるのか、そしてこの適正かつ合理的な基準をもとにして、当該営業所の取扱高をいかにして算出するかについては、事柄の性質上一義的に定まるものではなく、法は、これを右のような企業政策的或いは専門技術的見地に立つた公社の合理的な判断に委ねているものというべきである。

そこで公社は、小売人の指定に際しての右判断のために、法三一条一項三号及び四号の規定の趣旨を具体化させた内部基準として「たばこ小売人指定関係規程」(昭和四二年総裁達六八号、以下「規程」という。)及びこれの運用に関する「たばこ小売人指定関係規程運用要領」(以下「要領」という。)を制定し、小売人指定の適正かつ合理性を図り、併せて、小売人の指定が恣意に流れるのを防止するとともに、各指定相互間に矛盾・差異の生ずることがないように担保しているのである。すなわち、小売人を適正かつ合理的に配置するために、規程三条で地域の住宅密集度、繁華街か否か等を指標とする環境区分に応じて五〇メートルから三〇〇メートルの間で標準距離を設定し、四条で環境区分等に基づいて一〇万円から九〇万円までの標準取扱高を定めるとともに、要領2・3等で当該営業所の標準取扱高の決定方法を定めているのであるが、これらの内部基準は、法三一条一項三号及び四号を具体化したものとして、適正かつ合理的なものというべきであるから、これに基づいて小売人の指定について処理することは相当であり、何らの違法・不当もないものである。

3  本件処分は、昭和五三年七月三日、訴外清水節子(以下「清水」という。)に対して、同人の同年二月一八日付の小売人指定の申請(以下「清水の申請」という。)に基づき、埼玉県草加市弁天町七六番地を営業所とする小売人に指定する旨の処分(以下「清水に対する指定」という。)がされたことにより、原告の同町七八番地二を予定営業所とする本件申請には、4、5に述べるとおり、規程三条で定めている予定営業所と既存小売人の営業所との距離が標準距離に達していなかつたこと及び規程四条で定めている標準取扱高に達していなかつたことが認められ、従つて法三一条一項三号、四号に該当することから、原告を小売人に指定しなかつたのである。

4  規程三条は、環境区分別に標準距離を定めているところ、この環境区分の認定標準については、要領2・1で地域の実情を十分勘案して繁華街、市街地、準市街地、住宅地(A)、住宅地(B)、集団部落に分類され、各分類における標準距離がそれぞれ定められている。

原告が申請した予定営業所(以下「原告店」という。)の所在地は、市制施行地の住宅地(A)に該当し、その標準距離は二〇〇メートルと定められているところ、清水の営業所(以下「清水店」という。)との距離は一四メートルしかなかつたので右標準距離に不足していたものである。

5  規程四条一項は等地別に標準取扱高を定めているところ、この等地の認定標準については、要領2・3で環境区分別に応じて等地の範囲(市制施行地の住宅地(A)では六ないし八等地)が定められていて、その範囲内で具体的等地を定めることとなつているが、その方法は、等地は原則としてその範囲内の中間とするものであるが、同じ地区内の既設小売人の一店当たりの平均取扱高に〇・八を乗じて得た金額がその範囲の中間等地の上位の等地に係る標準取扱高を超える場合はその上位の等地とすることとなつており、六等地における一か月の標準取扱高は四〇万円となつている。

原告店の所在地は市制施行地の住宅地(A)で、等地の範囲は六ないし八であるところ、この所在地区内の既設小売人は四店で、一店当たりの月平均取扱高に〇・八を乗じて得た金額は四〇万円を超えていたことから、原告店の等地は六等地に該当し、標準取扱高は一か月四〇万円であつた。しかし、原告店においては、立地条件或いは既設小売人の配置状況等からみて、たばこの供給対象がかなり限定されると認められたので、要領3・5(3)ハに従い取扱予定高は二五万円と算定され、標準取扱高に達しなかつたものである。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1は争う。

2  同2は不知。

3  同3のうち清水の申請及び同人に対する指定の存在は認め、その余は争う。

4  同4のうち清水店と原告店との距離が一四メートルであることは認め、その余は争う。

5  同5は争う。

五  原告の反論

1(一)  本件申請と清水の申請はいわゆる競願関係にあつたのであるから、これらを競願として扱わず、清水の申請につき先に審理して清水に対する指定をし、これを前提として本件処分をすることは許されない。

(二)(1)  規程五条二項は「支部局長は、二以上の申請が競合する場合は予定営業所の位置、その他の条件を比較し、優るものを小売人に指定するものとする。」とし、要領3・6(1)イ(イ)は、競願の時間的範囲につき、「同月中および実地調査(再調査を除く)前に提出された申請……」と定めているが、次のとおり、本件の事情の下においては特に本件申請と清水の申請は競願に当たるものと解すべきである。

(2)  原告は昭和五〇年六月二八日付、五一年七月一〇日付、五二年二月二九日付、同年九月八日付でそれぞれ小売人指定の申請をしたが、いずれも標準取扱高不足との理由で不指定処分を受けていた。そして清水の申請も、昭和五三年三月三日に行われた川口営業所での実地調査の段階では標準取扱高不足と判定されていたのであるが、被告の再調査により初めて欠格条件なしと判断されたものである。右再調査は、本件申請(同年四月五日)及び本件申請についての川口営業所での実地調査が完了した同月一一日の後である同年五月九日にされたものである。しかも、右再調査には、本件申請を受理し、実地調査をした川口営業所の職員が同行していたのであるから、被告は再調査に際し、本件申請の存在を調査して了知し、これと清水の申請とを比較調査することは容易であり、何ら決定を遅らせることにならないので、かような場合は両申請を競願として扱わなければ原告と清水を不合理に差別することになる。

(三)  仮に本件のような事情の下でも清水の申請と本件申請を競願として扱わないものであるとすれば、かような規程及び要領は両申請を不合理に差別するもので裁量権の範囲を逸脱し、法及び憲法一四条に違反する違法なものであるから、本件処分は違法であるといわなければならない。

2(一)  清水に対する指定には重大明白な瑕疵があり無効であるから、右処分を前提として本件処分をすることは許されない。

(二)  清水の申請と原告の昭和五二年九月八日付申請(以下「本件前申請」という。)とはいわゆる参考競願(要領3・6)の関係にあるから、被告は、右両申請につき競願に準じて比較調査してその優劣を決定し、その優位にある申請に対し指定処分をしなければならず、現に被告は右両申請につき比較調査をしたものである。

(三)  しかしながら、被告は右比較調査について次のとおり規程の適用を誤り、優位の比較の判断を誤つたから、清水に対する指定には法ひいては憲法一四条に違反する重大明白な瑕疵がある。

(1) 要領3・6(2)は、比較基準として「予定営業所の位置」、「店舗の構造」、「兼業の種類」、「営業時間」、「その他」の項目を掲げている。

(2) まず「予定営業所の位置」については、原告店は十字路に面していて人通りが多く、たばこの販売に適しているのに反し、清水店は丁字路に面していて人通りが少なく、たばこの販売に適していないので、原告店の方が優つているにも拘わらず、被告は優劣の差はないと判断した。

(3) 「店舗の構造」については、原告店の方が清水店よりも面積が広く優位にあるのに、被告は逆に清水店が優位にあると判断した。なお、出入口の数は要領の比較基準にも明記されておらず、基準になり得ない。

(4) 「兼業の種類」について、被告は原告店の文房具、クリーニングの取次、雑貨及び印紙・切手等の販売業より清水店のパン、菓子、清涼飲料水、アイスクリーム、簡易食料品及び雑貨の販売の方が優位にあると判断したが、何ら合理的根拠がない判断である。

(5) 「その他」について、被告は清水店に公衆電話が設置されていることをもつて原告店より優位にあると判断したが、この判断も合理性がない。

(6) 以上のとおり、原告店は清水店より総合的に優つているのであり、清水店が優位にあるとした被告の判断には重大明白な瑕疵がある。

六  原告の反論に対する認否及び被告の再反論

1(一)  原告の反論1(一)は争う。

(二)(1)  同(二)(1)のうち、規程及び要領の定めは認め、その余は争う。

(2)  同(二)(2)のうち、原告主張の原告の申請がいずれも標準取扱高不足の理由で不指定となつたこと、清水の申請につき川口営業所での実地調査の段階で標準取扱高不足と判定されていたが被告の再調査で初めて欠格条件なしとされたこと、清水の申請についての実地調査の日、再調査の日、本件申請の申請日、実地調査の日はいずれも認めるが、被告が再調査に際し本件申請の存在を調査して了知し清水の申請と比較調査するのは容易であり決定を遅らせることにならないので両申請を競願として扱わねばならないとの主張は争う。

(三)  同1(三)は争う。

(四)  規程八条一項、一四条及び要領3・5(1)(2)によれば、小売人の指定申請の処理は、原則として一暦月の間に提出された申請について、その提出の月の翌月に実地調査を行い、その実地調査を行つた月の翌月に処分を決定することになつているが、同一供給区域内で小売人を一人しか指定する必要がないのに、二以上の申請が提出されることがあり得るので、この場合は、これらをいわゆる競願として取り扱い、その選択の結果が財政収入の確保と消費者の利便に資するという小売人指定制度の目的により一層合致するよう小売人としての条件について比較検討し、最も条件の優ると認められる者を指定することとなつている(規程五条二項)。この競願となる時間的範囲、すなわち、いかなる期間中に提出された申請を競願として取り扱うべきかについては、小売人の指定は国家の独占事業に淵源する設権行為であること及び法三一条の文言並びに公社が日本専売公社法に基づき専売事業を効率的、経済的に実施することを使命とする企業体であることから明らかなように、公社の裁量に委ねられているものである。そして公社は、この時間的範囲を画するに当たり、できるだけ多数の申請が提出されるべく時間的範囲を拡げ、これらの中から最適の小売人を選択したいという公社側の利益と可及的速やかに指定の可否決定を受けたいという申請者側の利益並びに小売人の早期配置を期待する消費者の利益とを総合勘案して、客観的に画一性のある統一的な基準として、「同月中及び実地調査(再調査を除く)前に提出された申請」と規定したのである。なお、「再調査を除く」としたのは、次の理由による。すなわち、公社においては、たばこ専売事業を遂行するため、支社の下に営業所、支局等の支所を配置して同所に小売人の指定事務をも担当させ、指定申請の処理を支所から支社へと階層的・組織的に行うこととし、処分の慎重・的確・公正を期しているところ、その業務の分掌は、支所においては、指定申請の受理及び実地調査等の必要な調査を行つた上でこれを支社に進達し(規程六条一項)、支社においては、進達された案件について補充調査ないしは裏付け調査の必要を認めたときは、当該事項についての再調査を行うことができる(規程一〇条一項)が、進達された案件を再調査することなく審査・検討して指定の可否を決定することが本則となつている(規程一一条一項)。右再調査は支所の実地調査を補充するためのいわば二次的・補充的調査であるから、これを競願の時間的範囲の下限とすることは相当でなく、また、右再調査は、申請が提出された月の翌々月以降において初めて行われるものであるから、これをもつて競願の時間的範囲の下限とするときは、先順位の申請者の可及的速やかに指定の可否が決定されることに対する期待並びに早期配置による消費者の利便を著しく害することになるし、また、業務分掌上、競願の比較調査は支所業務(規程六条一項)となつているから、支社において先願についての再調査を行つた上、当該申請に欠格条件がない場合には、支社では後願の有無は分明でないから、これを支所に照会し、これがある場合には、先願分を支所に差し戻して支所において後願分に係る実地調査及び先願との比較調査をして進達することとならざるを得ないが、この支所における後願分の実地調査及び先願との比較調査の結果については、支社において更に再調査を行う必要なしとせず、この再調査も規程一〇条一項の再調査である以上、この再調査時までの後願も競願の範囲に入ることとなり、再び実地調査、再調査を繰り返す可能性がないとはいえず、かくては、競願の時間的範囲は不明確となりその基準性が失われ、指定事務の処理に多大の支障をきたすことになるからである。

従つて要領の定めは合理的であり、右定めに照らし、本件申請と清水の申請が競願に当たらないのは明白であるから原告の反論は理由がない。

なお、被告において本件申請がされたことを了知したのは昭和五三年六月二八日であるから、清水の申請に対する再調査時に比較調査をすることは到底不可能であつたし、また右再調査の際川口営業所に対し後願の有無を照会しなければならない義務もないので、原告の反論は失当である。

2(一)  同2(一)は争う。

(二)  同2(二)は認める。

(三)  同2(三)冒頭の主張は争う。

(1) 同2(三)(1)は認める。

(2) 同2(三)(2)ないし(6)のうち、被告のした優劣の判断については認める。

(3) 同2(三)(2)は争う。両店の間に特に優劣の差はない。

(4) 同2(三)(3)は争う。原告店は外観上事務所風で閉鎖的な感じがし、南側に一か所出入口が設けられているのに過ぎないが、清水店は、商店向きで明るく、消費者に好感が持たれる構造となつていて、出入口についても、原告店と同一道路側に面している、店舗の北側の出入口の他に、やや角切りで十字路の三方からよく目立つようになつている東側にも設けてあり、店舗を利用するのに利用しやすく、開放的な感じのする店舗となつており、清水店の方が優つている。

(5) 同2(三)(4)のうち両店の兼業の種類については認め、その余は争う。清水店は日常生活において利用度の高い商品を数多く取り扱つているので消費者の集中性において原告店より優つている。

(6) 同2(三)(5)のうち清水店に公衆電話が設置されていたことは認め、その余は争う。両店ともに自動販売機の設置を予定していた点で同等であつたが、公衆電話が設置されていたので客の集中性で清水店に若干の優位性が認められる。

(7) 同2(三)(6)は争う。

(四)  原告店と清水店との比較は以上のとおりであり(なお「営業時間」については特に優劣はなかつた。)、原告店には特に優位と認められるべき項目はなかつたのに対し、清水店においては「店舗の構造」、「兼業の種類」及び「その他」の三項目において原告店より優位性が認められたから、小売業を営むに当たつて清水店の方がより優つた条件にあつたと認め、清水に対する指定をしたのである。

従つて、清水に対する指定には違法はなく、仮に瑕疵があつたとしても取り消し得る瑕疵があるに過ぎない。

第三証拠<省略>

理由

一  請求原因1の事実及び被告の主張3のうち昭和五三年二月一八日付の清水の申請に基づき同年七月三日に清水に対する指定がされたことは当事者間に争いがない。

二  そこで、本件申請が法三一条一項三号、四号に該当するか否かにつき検討する。

1  法二条はたばこの販売等の権能は国に専属するとし、法三条はこの権能及びこれに伴う必要な事項は公社に行わせるとし、法二九条は公社はその指定した小売人にたばこを販売させることができるし、かつ、公社又は小売人でなければたばこを販売してはならないとしているが、これは、国の財政上の収入を確保するとともに、公衆のすべてに、いかなる土地においても同一品質、同一価格のたばこを販売し、もつて均等にたばこを供給しようとする目的によるものと解される。そして法三一条一項は、「公社は、左の各号の一に該当する場合においては、小売人の指定をしないことができる。」として、三号において「営業所の位置又は設備が製造たばこの小売業を営むのに不適当と認められる場合。」、四号において「製造たばこの取扱の予定高が公社の定める標準に達せず、その他著しく不適当と認められる場合。」としているが、これらの具体的内容、すなわち営業所をいかなる基準をもつて配置することがたばこに対する需要量からみて適正かつ合理的であるか、そしてこの適正かつ合理的な営業所の配置をいかにして行うか、また、各営業所のたばこの標準取扱高をいかなる基準でいくらと定めるのが当該地域の環境特性及びたばこに対する需要量からみて適切かつ合理的であるか、当該営業所の取扱予定高をいかにして算出すべきかは、事柄の性質上一義的に定まるものではないのであつて、前説示のたばこ専売制度及びその目的に照らすと、法は、これらを、第一次的には企業政策的或いは専門技術的見地に立つた公社の合理的な判断に委ねているものと解すべきである。そして成立に争いのない乙第一、第二号証によれば、公社は、小売人の指定に関する内部基準として規程及び要領(規程の内容は右乙第一号証により、要領の内容は右乙第二号証により認められるので、以下この摘示を省略する。)を定め、法三一条一項三号については、規程三条で全国を繁華街など六つの環境区分に分け(その認定権者及び基準については要領2・1に定められている。)、その各々につき「環境区分別標準距離」を定め、既存小売人との距離がこれに達しないときは原則として小売人の指定をしてはならないこととし(規程五条一項二号)、また、法三一条一項四号については、規程四条は、全国を一〇の等地に分け、各々の一月当たりの標準取扱高を定め、この等地は需要者の利便及び需要量等に基づき、環境区分別の地区ごとに決定しなければならないとし(その認定権者及び認定基準については要領2・3に定められている。)、取扱予定高(その認定方法は要領3・5(3)ハに定められている。)が右標準取扱高に達しないときは、原則として小売人の指定をしてはならないこととしている(規程五条一項五号)ことが認められるが、これらは、公社がその判断のために法三一条三、四号の規定の趣旨を具体化した内部的基準であつて、公社の裁量権の範囲を逸脱したものではなく、これらに従つて法三一条三、四号該当性を判断するのはもとより適法であるといわなければならない。

2  そこで本件についてこれをみるに、証人井上量雄の証言及びこれにより真正に成立したと認められる乙第九号証の一、二によれば、原告店は住宅地(A)の地区内にあることが認められ、規程三条、要領2・1によれば市制施行地内の住宅地(A)における標準距離は二〇〇メートルと定められているところ、清水店と原告店との距離は一四メートルであることは当事者間に争いがないので、既に清水に対する指定がされている以上、本件申請は規程五条一項二号ひいては法三一条一項三号に該当するものというべきである。また同じく乙第九号証の一、二及び証人井上の証言によれば、昭和五三年度において原告店の存する地域は六等地と認定されていたことが認められ、規程四条によれば六等地の標準取扱高は一月当たり四〇万円とされているところ、証人井上の証言及びこれにより真正に成立したと認められる乙第三号証によれば、原告店の取扱予定高は、要領3・5(3)ハ(イ)に定められた算定方式に従つて算出すると二五万円以下となり右四〇万円に達しないことが認められる(仮に証人福井正史の証言を採用して原告方の供給見込戸数を四〇軒追加してもなお四〇万円に達しないことは計数上明らかであり、他に原告店の取扱予定高が四〇万円を超えることを認めるに足りる証拠はない。)ので、本件申請は規程五条一項五号、ひいては法三一条一項四号に該当するものというべきである。

三  ところが原告は、清水の申請と本件申請はいわゆる競願関係にあるから、清水に対する指定を前提として本件処分をすることは許されないと主張するので、以下この点につき検討する。

1  規程五条二項が「支部局長は、二以上の申請が競合する場合は予定営業所の位置、その他の条件を比較し、優るものを小売人に指定するものとする。」とし、要領3・6(1)イ(イ)が競願の時間的範囲につき「同月中および実地調査(再調査を除く)前に提出された申請」を競願として取り扱うことを定めていることは当事者間に争いがない。

2  ところで前説示のとおり、法は、国の財政上の収入を確保するとともに公衆一般にたばこを均等に供給することを目的としてたばこについて専売制を採用し、公社又はその指定した小売人でなければたばこを販売することができないとしていること及び法が先願主義もしくは競願主義の採否等につき何ら規定していないことに鑑みると、いかなる時間的・場所的範囲の申請を競願として取り扱うかについても、第一次的には、企業政策的或いは専門技術的見地に立つた公社の合理的判断に委ねられているものと解するのが相当である。そして、前記の規程及び要領の定めは、公社ができるだけ多数の申請の中から最適の小売人を選択したいという公社の利益と、できるだけ速やかに可否の決定を受けたいという申請者の利益及び小売人の早期配置を望む消費者の利益を総合判断して定めたものと解され、また、特に「(再調査を除く)」と規定されたのは、支社は「必要と認める場合」にのみ再調査をするので(規程一〇条一項)画一的基準点とするには相当でないこと及び規程六条一項、八条一項、要領3・5によれば、再調査は申請がされた月の翌々月以降に初めて行われるので、再調査を競願の時間的範囲の下限とするときは競願の範囲が相当広くなること等から再調査を除いたものと解することができる。そうすると、右競願の時間的範囲についての定めは合理的な理由があるというべきで、到底公社の裁量権の範囲を逸脱しているとは解しがたい。

しかるに、本件申請がされたのは昭和五三年四月五日であり、清水の申請についての実地調査が行われたのは同年三月三日であることは当事者間に争いがないので、両申請は要領3・6(1)イ(イ)により競願の関係にはないものといわなければならない。

3  次に原告は、清水の申請に対する再調査に当たり本件申請の存在を了知し、再申請を比較調査してその優劣を決定することは容易であつたから、本件の事情の下では特に両申請を競願として扱うべきで、右要領等により競願として扱われ得ないとすれば、これは法及び憲法一四条一項に違反するから、本件処分は違法であると主張する。

原告の過去四回にわたる小売人指定申請がいずれも標準取扱高不足の理由で不指定となつたこと、昭和五三年二月一八日付の清水の申請については、同年三月三日の川口営業所での実地調査がされた段階では標準取扱高不足と判定されていたが、同年四月五日の本件申請及び同月一一日にされた本件申請に対する実地調査の後の同年五月九日にされた被告の再調査の結果初めて欠格条件なしとされたことは当事者間に争いがない。そして、証人井上の証言及びこれにより真正に成立したと認められる乙第四号証によれば、右清水の申請につき実地調査の段階では清水店についての供給見込戸数は約一四五戸と判定されていたが、被告の職員井上量雄(以下「井上」という。)が再調査(規程一〇条一、二項、八条三項)のため現地に赴き、附近の住宅の分布状況、既存店舗の位置関係等を勘案してこれを一八六戸と修正認定したことから標準取扱高を超える取扱予定高一月当たり五〇万円と判定されるに至つたものであること、川口営業所の職員が右再調査に同行したことがそれぞれ認められ、これに反する証拠はない。

しかし、一方、前掲乙第三号証によれば、本件申請が被告に進達されたのは清水に対する再調査の後である昭和五三年六月二八日であつたことが認められるので、再調査の時点で被告が本件申請の存在を了知していたとはいえないし、また、被告が右再調査の際本件申請がされているか否かを調査すべき義務はないというべきである。そうすると、被告において右再調査の際に清水の申請と本件申請との比較調査ができ得ることを前提とする原告の右主張はその前提を欠き理由がない。のみならず、前示のとおり、規程及び要領を定めた趣旨は、公社が小売人の指定に際し、その拠るべき内部的基準を定め、指定が恣意に流れ、各指定相互間に矛盾・差異が生ずることを防止するためであり、しかも競願の時間的範囲についての要領の規定に合理的な理由があつて、公社の裁量権の範囲内で定められたものと解される以上、被告としてはこれに従つた運用をすべきことは当然であるから、前記認定の事情があるからといつて、要領の規定に反して前記両申請を競願として取り扱うことはかえつて公平・公正を欠き許されないものといわなければならない。従つて、原告の右主張はいずれにせよ理由がない。

四  次に原告は、清水に対する指定は、本件前申請との優劣の比較を誤つたことにより規程の適用を誤り、法ひいては憲法一四条に違反する重大明白な瑕疵があるから無効であると主張する。

1  清水の申請と本件前申請がいわゆる参考競願の関係にあること、被告は右両申請につき比較調査したこと及び要領3・6(2)は比較の基準として「予定営業所の位置」、「店舗の構造」、「兼業の種類」、「営業時間」、「その他」を掲げていることは当事者間に争いがない。また、要領3・6(2)(3)によれば、比較調査は比較項目ごとに最も適当と思われる者に満点を与え、その他の者についてはその劣る程度に比例して減ずる点数を与え、その各の得点を合計した総得点を比較する方法で行われるものであるが、総得点二〇〇点のうち、最も適当と判断される場合には「予定営業所の位置」に一〇〇点、「店舗の構造」に三〇点、「兼業の種類」に二〇点、「営業時間」に二〇点、「その他」に三〇点の各基準点数が与えられ、やや劣ると判断される場合には、それぞれ八〇点、二四点、一六点、一六点、二四点が配点されることとされている。そこで、以下項目ごとに検討する。

2  まず「予定営業所の位置」については、証人福井の証言により真正に成立したと認められる甲第一号証及び証人井上、同福井の各証言によれば、原告店は十字路に面しているが清水店は丁字路に面しており、しかもその一方の道路は行き止まりとなつていることが認められ、原告はこのような位置関係からして原告店の方が清水店よりも人通りが多くたばこの販売に適していると主張し、証人福井の証言中にはこれに副う部分がある。しかしながら証人井上の証言及びこれによつて真正に成立したと認められる乙第五号証によれば、被告は、住宅地にあつては商店街と異なり十字路であるか丁字路であるかはさほど人通りの多少に影響せず、しかも原告店と清水店は一四メートルしか離れていないので人の流れに大差ないものと判断して予定営業所の位置としては優劣がないものと判定し、各一〇〇点を付したことが認められ、前掲甲第一号証及び成立に争いのない乙第六号証の一によれば原告店と清水店は同一道路に面していることが認められること及び前認定の原告店と清水店とがともに住宅地内の至近距離に位置し、その各道路の状況からみても、原告店の方が清水店よりも特段に人通りが多いと認めることは困難である。従つて、右認定の事実関係の下においては原告店と清水店との間に優劣がないとして同得点を与えることとした判定も首肯し得ないものではない。

3  次に「店舗の構造」については、前掲乙第四、第五号証、成立に争いのない乙第七号証の一並びに証人井上の証言及びこれによつて真正に成立したものと認められる乙第八号証によれば、原告店は間口四・五メートル、奥行三・六メートル、うち予定たばこ売場は間口一・二メートル、奥行一・五メートルであるのに対し、清水店は間口三・四五メートル、奥行二・七八メートル、うち予定たばこ売場は間口〇・九メートル、奥行〇・九メートルで(なお証人福井は清水店の間口は二・七ないし二・八メートルしかないと供述するけれども、前掲証拠に照らし直ちに採用することはできない。)、原告店の方が店舗及び予定たばこ売場ともに若干広いことが認められ、また証人井上及び同福井の各証言によれば、原告店は南向きであるのに対し清水店は道路を挾んで北向きであることが認められる。しかし、前掲乙第五号証及び昭和五三年五月九日に井上が原告店・清水店及びその周囲の状況を撮影した写真であることが当事者間に争いがない乙第六号証の二ないし四並びに証人井上の証言によれば、原告店には南側に出入口が一か所あるのみであるのに対し清水店には北側・東側の二か所に出入口があること、清水店は全体としてガラス張りの部分が多く比較的通りからも目立つ店舗であるのに対し原告店は壁の部分が比較的多く一見事務所風であること、このようなことから被告は原告店はやや閉鎖的な感じがし、やや劣るのに対し、清水店は開放的で明るく利用しやすく小売人店舗として優つていると判断し、清水店については三〇点、原告店については二四点を付したことが認められ、右認定の事実関係の下では、右の判定は首肯し得ないものではない。

4  「兼業の種類」については、原告店が文房具、クリーニングの取次、雑貨及び印紙・切手等の販売をし、清水店がパン、菓子、清涼飲料水、アイスクリーム、簡易食料品及び雑貨の販売をしていることは当事者間に争いがなく、前掲乙第五号証、証人井上の証言によれば、被告は清水店の方が日常生活で利用度の高いものを多種多数販売しているので原告店より優つており原告店はやや劣ると判定し、清水店には基準点数である二〇点、原告店には一六点を付したことが認められる。そして右取扱品目から比較すれば清水店の方が一般に利用度の高いものを扱つていて顧客の集中性に優ると認められるから、右判定は首肯することができる。証人福井の証言中右認定に反する部分は採用することができない。

5  「営業時間」については前掲乙第五号証、第七号証の一、第八号証及び証人井上の証言によれば、原告店は午前八時から午後八時まで、清水店は午前九時から午後九時三〇分まででともに日曜日が休日であること、これらにより被告は両者に優劣の差がないものと判定したことが認められ、この判定はもとより正当である。

6  「その他」については、清水店に公衆電話が設置されていることは当事者間に争いがない。原告は、右事実は小売人としての優位性の根拠とはなり得ないと主張するけれども、要領3・6(2)比較基準は「<5>その他」として「……等特に販売高が多いと認められるもの」としているところ、公衆電話の存在がたばこ販売に好影響を及ぼすものであることは経験則上明らかであり、前掲乙第三ないし第五号証によれば小売人指定に際しては公衆電話設置の有無も比較調査の対象として調査事項に掲げ、これを判断事項の一つとしていることが認められるから、公衆電話が設置してあることを優位性の判断の基礎とすることは相当である。そして、前掲乙第四号証によれば右公衆電話の利用状況は一月約五〇〇〇円程度に過ぎないこと、一方証人福井の証言によれば原告店前には郵便ポストがあり原告方で販売する印紙・切手は月額二〇万円にも達することがそれぞれ認められ、証人井上の証言によれば、被告は、今日の通信状況からして公衆電話の利用度の方が大きいものと判断して清水店を優位とし、原告店をやや劣ると判定し、清水店に三〇点、原告店に二四点を付したことが認められる。

しかし、原告店前に郵便ポストがあり、原告方で印紙、切手の販売が認められていることは小売人として有利な事情というべきであり、清水店の公衆電話の利用度が比較的低いことと原告方の切手等の販売状況に鑑みると、清水店、原告店を介しての通信手段の利用状況については優劣がつけ難く、この点に関する判定は誤りと認めるのが相当である。

7  前掲乙第五号証及び証人井上の証言によれば、被告は右の五項目につき右に認定したとおりの判定をし、要領3・6(2)、(3)に定められたところに従つて清水店、原告店につき採点した結果総合点数を清水店二〇〇点、原告店一八四点とし、清水の申請が総合的に優位にあると判断したことが認められる(被告のした優劣の判断自体については当事者間に争いがない。)ところ、以上認定したとおり、予定営業所の位置、営業時間、その他の項目については優劣をつけ難いものの、店舗の構造、兼業の種類については清水店に優位を認めた右判定を維持することができる。そうすると、清水店を優位とした被告の総合判断が明らかに誤りとはいえないから、これに基づいてした清水に対する指定に無効事由があるとはいえない。

五  以上のように、本件申請と清水の申請とは競願の関係にはなく、従つて先願である清水の申請について指定したことは適法であり、しかも右清水に対する指定が無効とはいえない以上、本件処分に際しては右の指定が存在することを前提とせざるを得ないことは明らかである。しかるときは、前説示のとおり本件申請は法三一条一項三号、四号に該当することとなるから、これを理由として原告を小売人に指定しないこととした本件処分は適法である。

従つて、原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 時岡泰 満田明彦 揖斐潔)

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